まさかの4年ぶりの更新となります。NAINNです。
過去の投稿、とりわけ2018年の記事がインターネットタトゥーとして轟々と燃え盛っている中、懲りずにまた筆を執りました。まあ、正直こういうのは「黒歴史」と捉えた時点で黒歴史化してしまうものだと思ってるので、自分的には何とも思ってないわけですが...
反面教師としてご一読いただくのもいいかもしれないですね。
記事の執筆が3年ぶりとは言いますが、実は何度も何か書こうと試みてはいました。1年前の『四月は君の嘘』のレビューの下書きが表に出たそうにしています。
(ちなみにこの記事も180日ほど温めていました)
色んなアニメを見るたびに「記事にして言語化してえ!」という気持ちがあふれてくるのですが、いまいち行動にまで至る原動力にはなっていませんでした。
アニメに関してはスマホのメモで短編の感想を残しているので、そちらにその意欲が吸われていたのかもしれないですね。
で、そんな中なんで記事を書くに至ったかというと...
本当に気まぐれです。衝動です。暇だっただけです。(180日経った今ではこれが建前だって言えます)
なのでなにを書くかも正直決まっていません。(ここは本音です)
今もこうタイピングしていますが、この記事の着地点がどこなのか全く見当もつかず漂っています。こんな雰囲気で今回の記事はすすんでいきます。
でも楽しいですね、文章を書くのは。こう大人になってから読書感想文の重要性や存在意義に気付かされています。
そうだ、今回は最近遊んだゲームの感想をしたためていこうかな。
最近は積みゲー(約80個)を減らすべく、様々なゲームに触れています。
様々とはいっても、基本的には一度遊び始めたゲームが終わらないと他のゲームを始めないようにしているので数としては少ないです。(10個前後とかかな?)
乗り掛かった舟には最後まで乗ってしまうという性分なので、ゲームでもなんでも中途半端にするというのが耐えられないんですよね。
作品に関して言えば、中途半端はその作品に対して失礼だなぁとも思ってしまうので、いわゆる「リスペクト」という観点でどれだけ微妙な作品でもとりあえず最後まではやる・観る・読むようにしています。最後の最後に評価が180度変わるかもしれないしね。
あとは、やりたいゲームほど「もっと最高のコンディション・熱意で遊びたい」と熟成させてしまうので、なかなか手を付けられないという側面もあります。だから「積みゲーを消化したいから」という目的もゲームに対して不純なんじゃ!?とふと思ってしまうんですよねw
面倒くさい性格だ...
でもこれは僕の価値観であって、他人に押し付けたいわけじゃないのでご安心ください!
てことで今回は遊んだゲームの感想をつらつらと書いていきます。お時間ある方は是非お付き合いください。
あ、ネタバレはしっっっかりと配慮しますのであしからず。
【今回とり上げるゲーム】
Final Fantasy IX
知らない人はいないであろう名作RPGシリーズのナンバリングタイトルです。
去年の6月末にクリアし、総プレイ時間は52時間でした。
何を隠そう正統派RPGをドラクエIXしか遊んだことのない僕にとってはかなり久しぶりのRPGでした。
実は、当初はFFXを遊ぼうと思っていたのです。
IXもXも購入はしていたのですが、前述した口実により積みゲーの1部を形作っていました。
そして手を付けられないでいるうちに、流行ってしまったものがあるんです。
そう、その名も「おとわっか」です。
FFXに登場する(らしき)キャラクター「ワッカ」が音MADになった(らしい)動画です。
あれによってFFXは大きな風評被害を受けました。スクエニが動画の削除依頼をしたレベルですからね。
勿論プレイに影響が出ると思い僕は見てないんですけど、あの文化の登場によりXのプレイが見送られ、繰り上がり式にIXをプレイすることとなったのです。
プレイのいきさつはここまでにして、内容といきましょう!
何度も言いますがネタバレには配慮してますよ!
雰囲気としては超王道ファンタジー!って感じです。VII,VIIIとサイバーパンクな世界が舞台であったFFが原点回帰という形で製作したのがこのゲームです。
てかこの時期はFFもDQも1年おきとかに新作を発売していて、なんなんだこの時代は..と調べて戦慄しています。
僕が遊んだのはリマスター版なんですが、それにしてもグラフィックがきれい。
これが初代PSで遊べたのか!?と驚かされました。
キャラクターたちは2~3頭身ながら違和感がなく、ボイスなしの会話劇にもしっかりとのめりこめる。非常に完成度の高い作品でした。
次回作のXからボイスがつくんですけど、ついていないっていうのも趣があるなあと感じました。
ボイスがくと、そのキャラの声のイメージがそれで固定されるじゃないですか。
勿論それがボイスありの良さだと思います。ただ、ボイスがないことでキャラたちの声のイメージが一意に決まらない。ましてやストーリーが進むたびにキャラの印象が変わり、それに応じて想像する声色も変わっていく。そうして最終的にクリアと同時にキャラクターの声がプレイヤー各々の中で完成される。
キャラに芽生える愛とともに声を作り上げていく、というのもこういったRPGの面白さなんじゃないかなと感じました。
それも含めて、FFIXはキャラクターに魅力がある作品です。主要キャラが8人もいるのですが、彼ら各々に魅力があり、憎めない。彼らそれぞれに合理的な大義名分があり、それによって生まれる心情を文面や展開で表現するのが非常に上手でした。
そして彼らのバックボーンが大体えげつない。これは時代なのかわかりませんが、「嘘やろ...」と言葉を失う過去が多かった。これはストーリーにも同じことが言えます。
BGMが最高なのは言うまでもありません。
そして特に言及したいのが、やりこみ要素についてです。
昔のゲームは今みたいにアプデやDLCなんてものはありませんでした。ゲーム1本で勝負の時代なので、それだけ練られているし、やりこみ要素も多い。FFIXも例外ではありません。
ただ、やりこみ要素が数多とあるにもかかわらず"脂っこくない"といいますか。やりたくなるし、やってて楽しいんですよね。
基本的にこの手の要素って反復作業が多くて途中で飽きがくることが多いように感じます。(ホグワーツレガシーとかね)
ただ、僕が手を付けたもののほとんどが最後まで面白かったんです。
特に「ここほれ!チョコボ」っていう宝探しミニゲームをひたすらにやってました。ひたすらにチョコボのくちばしを地面にたたきつけてました。
勿論やりこみ要素の量が本当に途方もないので、手を付けられたこれらは氷山の一角なんですけどね。
でも、クリアしてから十数時間遊んでも飽きず、ましてやまだ遊べる!って感じでした。正直今でも遊びたいと思えます。積みゲーがなければ普通に遊んでます。
あと、ゲーム内でステータスやもろもろの説明がほぼされない。不親切という印象を受けるかもしれませんが、手探りでやっていく面白さがあるんですよね。
昔は攻略本を片手にゲームを遊ぶ時代だったので、そこらへんも考慮されてたのかな、と思います。
僕も何も調べずプレイしたので、クリア後に情報を見て「こういうことだったのかよ!」と納得・憤慨した記憶があります。ただ、だからこそ2周目以降がより面白くなるという付加価値があって、それがとても大きいと思いました。
それぐらい、FFIX(というよりこの時代のゲーム?)はプレイヤーの興味と意欲が保たれるように作られていました。
バトルのモサさなどマイナスポイントもいくつかありますが、今回は省いておきます。
ゲームとして完成度が高く、ファンタジーながらプレイヤーの心に訴えかけるストーリーも魅力的なFFIX、ぜひ遊んでみてください!!
ちなみに、この作品を遊んだことによってDQもFFもIX(ナイン)しか遊んだことのないおもしろ人間になってしまいました!!!!
Raft
違う友人と2回クリアし、総プレイ時間は62時間でした。
サバイバルクラフト系のゲームが群雄割拠を極めるこの時代に、このゲームは頭一つ抜けた完成度でした。
なんてったって”無類のサバイバルクラフト好き”を名乗っている僕を唸らせたのですから。他のゲーム好きに怒られそう。
Raftはゲーム内ストーリーがあるのですが、それを超えてメタ的に、プレイヤー側にもストーリーを作ってくれます。
まず、ゲームを始めると海上に浮かぶ2×2の木の板の上に放り出されます。
見渡す限り水平線の大海原で産声を上げたプレイヤーは、すぐさま次々と押し寄せる漂流物を目にします。
海洋汚染やマイクロプラスチック問題に思いを馳せていると、いきなりサメが足元の木の板に襲い掛かり、いとも容易くプレイヤーのテリトリーを「く」の字にしていきます。
この間5分。
なんというわくわく感なんでしょう。
「このゲームは一体何なんだ」「これからどうすればいいんだ」という半ば不安ともとれる高揚感に襲われます。
ここまできたらあなたはもうRaftの虜です。
Raftには一般的なサバイバルクラフト系と一線を画す特徴があるのです。それは、「探索範囲が狭すぎる」という特徴です。
7DtDやArkなどに代表される一般的なサバイバルクラフト系のゲームは、ある地点にプレイヤーの拠点を設営し、そこから枝葉を広げるように探索が行われます。
そのため、周囲の探索があらかた完了すると一回り大きい範囲に、そこが完了するとまた一回り...とどんどんと活動範囲が広がり、それに比例して拠点そとの距離が遠のいていきます。
しかし、Raftでは拠点はおろか、スポーン時点では2×2の範囲しか動けないのです。ましてやサメに食い荒らされる始末。
資源に関しても、探しに「行く」のではなく、資源側が漂流物として「来る」のです。
この斬新さにプレイ初期は感銘を受け、環境活動家も諸手を挙げて逃げるほどひたすらに漂流物を回収していました。
血眼になって漂流物を回収していると、水平線の向こうにうっすらと影が...
近づいてみると、それは無人島です。
そこには花や果物など、海上ではお目にかかることのできない植物などが鬱蒼としており、大海原で刷り込みが完了しているプレイヤーにとっては未知の資源の供給に心を躍らせるのです。
このように、Raftは徐々にゲームの風格を表すのがとっても上手なんです。それもプレイヤー側にストーリー性を感じさせるような手法で。
ゲームシステムからクラフト、そしてゲーム内ストーリーが数珠繋ぎになっており、基本的に拠点内で時間を過ごすにも拘らず、プレイヤーは常に新鮮な気分で楽しむことができるのです。
本当にゲームの要素を小出しにするのが上手かったです。
そしてストーリーも興味深い。「なぜ2畳余りの木の板に放り込まれたのか」、「なぜこんなに海ばかりなのか」というこのゲームの違和感にそっと寄り添っています。
ただ一つ言うと、フラグを踏んだ時に英語のボイスと日本語のテロップが表示されるんですけど、サバイバルクラフト中にテロップを熟読する暇はありません。日本語吹き替えの重要性を痛感できました。
また、Raftはひとつの拠点(筏)と添い遂げるという点も重要なポイントです。
前述した通り、従来のサバイバルクラフト系では日に日に拠点との距離が開き、別の拠点を設営せざるを得ない/設営を促してくる場合が多くあります。
「収集した物資はあの拠点にあるのに...」だとか、「あの拠点が実家って感じで思い入れがあるのに...」と当初の拠点を手放すのを躊躇ったという経験を多くの方がしているのではないでしょうか。
そういった懸念点がRaftには一切ありません。
拠点ごと移動するという『ハウルの動く城』システム(『天空の城ラピュタ』システムでも可)の面白さがここにあります。
飽きが来るどころか、むしろどんどんと機能的になっていく筏に愛着が増すばかり。
装飾アイテムも多く、お気に入りの筏を造るため奔走するプレイヤーも多いです。
食料システムや沈着物回収など、他にも言及したいポイントはいくつもありますが、これ以上は読んでくれている方が泡を吹いてしまうのでこの辺にしておいてあげます。
あなたも木の板の上で、サメと死闘を繰り広げてみてはいかがでしょうか。
...といったところで、今回はお開き。
5000字って...「いかがでしたでしょうか?」が下の句のアフィサイトより文字数多いんじゃないか...?
お陰様で文章記述意欲は一旦収まりました。
180日温めただけあって、あれからまた他のゲームも遊んでいるのでまた気が向いたらゲームの話しようと思います。よかったらまた読みに来てください。
Steamで遊べるゲームの話をしたので、最後にSteamのフレンドコードを残しておきます。
NAINN:291879452
よかったら申請してね。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
それではまた、いつかの記事で会いましょう。